起こるべきことが確かに起こる

起こるべきことが確かに起こる

人は常に予測する。しかもほとんどの場合それは無意識で行われる。育った環境やそれまでの経験などの後天的な要因によって、なにをどう予測するかは人によって変わるかもしれない。レストランで席を案内されたあと、コートを脱いだり連れと雑談をしたりお店の雰囲気を楽しんだりできるのは、しばらく待てば店員さんがお水やメニューをもってくるだろうと無意識に予測できているためである。十分に一息ついた頃に店員さんがやってくると居心地が良く、なかなか来ないと身振り手振り存在をアピールしたり卓上のベルを何度も鳴らしたり、ひどい場合にはそのまま帰ってしまうかもしれない。

インターフェース上でも同じことが起こる。むしろすべてのインタラクションにおいて予測と結果のサイクルが何回も繰り返されていると言っても良い。起こるべきことが確かに起こる、体験をデザインする際に留意すべきもっとも基本的な話。

リアクション

リッツ・カールトンでは、宿泊客の忘れ物を届けるためにわざわざ新幹線を乗り継いだスタッフがいたという。届けてもらった人はどんな気持ちだったんだろう。それがなんだったのか、どんなコンテキストをもっていたのかはわからないけど、ひかえめに言って、めっちゃうれしかったんじゃないかなあ。

予測と結果には差分がある。差分が開けば開くほどエモーションは大きくなる。いい方向に開くか、もしくはその逆か。アクションとリアクションの関係がすごくいい例で、人のなんらかの行動に対してなにも反応がない状態はストレスを生む可能性が高い。アイコンやカードにカーソルをもっていけばそれが選択されようとしてる感を出すべきだし、ボタンをクリックしたならちゃんとクリックされた感を出すべき。ローディングに時間がかかってるのならがんばってる感がほしいし、少なくとも今処理中だから少し待ってね感がないといけない。できないことをやろうとしたらできないよと教えてほしいし、うまくできたらちゃんと褒めてほしい笑。結局は人と人の対話と同じ。

コンテキスト

それまでの体験や学習によって形作られた予測もある。ハンバーガーボタンを押せばなんらかの形でメニューらしきものが開くだろうと思うし、下方向にスワイプすれば読み込みや更新が行われると思うはず。(GAFAのすごいところの1つは、だれもが模倣したくなるような規格をデザインし、それを標準化させていったところに違いない。)ネットショップで買い物をすれば直後にありがとうございますメールが届くし、商品が発送されたらいついつ届くから待っててねと教えてくれる。

人はコンテキストによって普通はこうだよねとか、きっとこうなるはず、を潜在的に持っているため、それが裏切られるとびっくりするし不安になる。起こるべきことが起こらないだけならまだしも、予想外のことが起こっちゃうとなおさら。下方向スワイプでメールが送信されたり、注文完了後に在庫切れですとか言われると、控えめに言って暴れたくなる笑。

エモーション

レベル感でいうとたぶんこんな感じ。

-1 予想外のことが起こる
0 起こるべきことが起こらない
1 起こるべきことが確かに起こる
2 起こるべきことが期待を超えた形で起こる


0だと不安になるし-1だともう使ってもらえないレベル。シナリオテストで行うべきは、まずこの0と-1を徹底的につぶすこと。そうすれば自然とすべてのインタラクションが1以上になる。

2はちょっと難しい。1がすべて達成された状態で、かつユーザーのエモーションに訴求できるものでないといけない。なにも、リアクションを派手にしましょうとか、アニメーションやビジュアルで魅了しましょうとかの話ではない。(もちろんこれも大事よ!)業務系サービスの導入をやっている知人から聞いた話だが、結婚したよーを申請・報告するシステムがあって、ステップの途中におめでとう!の挿絵を入れたらそれがめちゃくちゃ喜ばれたとのこと。ステップ通りに進めば本来のゴール(申請書の提出)はもちろん達成できる前提で、もうちょっとエモーションに踏み込んだいい事例だと思う。

すべてのインタラクションには事前に予測されるモノ・コトがあって、そのコンテキストをちゃんと汲み取った上で、期待値以上の体験をデザインしましょう、の話でした。